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旅立ちのとき

今日は、このブログを書くことになったきっかけを綴ります。

自分への戒めでもあります。

これから介護をする方、
今まさに悩みの中にいる方には、
もしかしたら小さなヒントになるかもしれません。

すでに介護を終えた方には、
共感していただける部分もあるかもしれません。
ただ、その分、つらい記憶を思い出させてしまうかもしれません。

次回からは、もう少し前を向く内容になるはずです。
今回は、その前にどうしても書いておきたかったことです。

短い期間とはいえ、夫は闘病の末に旅立ちました。

夫は前から、入院は嫌だと言っていました。
自宅の天井を見ながら逝きたい、と。

その言葉を聞いた時、
私はわかったつもりでいました。

病院ではなく家で。
最期まで自分らしく。
そういうことなのだろう、と。

でも実際には、少し違っていました。

夫は長い時間を、
自宅のベッドで横向きになり、
壁と向き合って過ごしていたのです。

自宅の天井を見ながら、ではありませんでした。
思っていた以上に、壁と向き合う時間が長かったのです。

そのことに、私は気づきませんでした。
介護をしている最中でさえ、気づけませんでした。

今になって思います。
もし夫と話せたなら、
きっと言われる気がします。

家で最期を迎えたかったのは本当だけど、
ずっと壁を見るためじゃないよ、と。

病院の天井より、家の壁のほうが汚いじゃないか。
そう言って、苦笑いされたかもしれません。

私は「天井」に込められた本当の意味を、理解していなかったのだと思います。

介護ベッドを置く時、
私はトイレへの行きやすさと、
テレビの見やすさを考えて場所を決めました。

その時は、それでいいと思っていました。
それが現実的で、正しい判断だと思っていました。

でも、
テレビを見られなくなった時、
自分で動けなくなった時、
あのタイミングでベッドの向きを変えていればどうだったのだろうと、
何度も考えます。

家の中の景色が変わっていたかもしれない。
壁ではなく、家族の気配を感じられたかもしれない。
少しでも生きる力につながっていたかもしれない。

そして、呼吸の変化にも、
私はもっと早く気づけたかもしれません。

最期の瞬間を変えることはできなかったとしても、
手を握る時間は、
声をかける時間は、
もう少し長く持てたかもしれないのです。

お別れの直前の数十分は変えられなかったとしても、
意識があった最期の数日、
寝返りすら難しくなった数日、
壁ではなく、家族を見て過ごす時間を
もっとつくれたかもしれない。

そう思うたびに、苦しくなります。

結果がどう変わったかなんて、わかりません。
何も変わらなかったのかもしれません。

それでも、
その選択肢に気づけなかった自分が悔しいのです。

どうして気づけなかったのだろう。
どうして、あの時そこまで考えられなかったのだろう。

しかも、
まったく何も知らなかったわけではありません。
ヒントのようなものは、どこかにあった気がするのです。

だから余計に悔しい。

ヒントでは足りませんでした。
できれば、具体的な行動として知りたかった。

知っていたうえで、
できないことは諦めたかった。
できることは、全部試したかった。

何もかも完璧にはできなくても、
せめて、やれることはやったと思いたかった。

そんな思いに、今でもときどき押しつぶされそうになります。

死別をきっかけに、私は50代でおひとりさまになりました。

おひとりさまになる前は、
一般に老後とかセカンドライフと呼ばれる時間は、
もっと静かで、もっと穏やかなものだと思っていました。

でも現実の私は、

50代。
死別シングル。
収入ほぼゼロ。

不安がないわけはありません。
それでも、ここからの暮らしを考えていこうと思います。

次回からは、穏やかに暮らす方法を探していく日々を、
少しずつ書いていこうと思います。

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この記事を書いた人

2026年に死別シングルになったアラカンの栄実里です。
暮らしや働き方、これからの生き方を少しずつ考え直しながら、日々のことや手仕事のある暮らしを綴っています。

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